Challenge WGC

2006年世界滑空選手権観戦記

チャレンジWGC 佐志田伸夫
※この記事は日本滑空協会会誌 JSAInfo No.275 に掲載されたものです。

まえがき

2006年世界滑空選手権(World Gliding Championship)は6/2−18、スウェーデンの首都ストックホルムから約100km西にあるEskilstunaのEkeby滑空場で、スタンダード、15m、18m、オープンの4クラスに26カ国、116機のグライダーが出場して開催された(http://www.wgc2006.se/)。日本からは、市川展選手が参加36機と、最も激戦となった18mクラスに参戦した。

私自身は趣味としてグライダーで飛んではいたものの、競技とは今まで縁が無かったが、今回、市川選手の応援と選手権観戦のために6/11-18にEskilsutunaを訪問した。フライト面はパイロットレポートに譲るとして、観戦記として報告する。

全体の印象

訪問する前には、グライダー競技はパイロットのウデの差で決まるもの、とのイメージを抱いていた。しかし実際に世界選手権を見てみると、パイロットのウデや機体の性能に加えて、チームとしての「総力戦・情報戦」となっていることが判った。チーム成績で上位に入った英国、イタリア、ポーランド、フランス、オランダ、ドイツなどの各国は、クラスごとのパイロットとコーチ・クルーの充実した体制と機材で参加していた。フライト中も、パイロットはチームごとに割り当てられた無線周波数で、地上部隊から連絡される最新の気象情報やコーチのアドバイスを聞き、他チームとの「駆け引き」を考えながら、スタートタイミングやコース取りを判断して行く。更に、2人のパイロットが一緒に飛んで、手分けしてサーマルを探す「チームフライト」も行われており、今大会18mクラスで優勝した英国のPhil Jonesは、兄弟によるチームフライトで成果を挙げた。従い、選手権で優勝するためには世界と互角に戦える「チーム」作りが重要であると強く感じた次第である。

一方、世界選手権は家族連れのイベントでもある。1年以上前から選手権のスケジュールに合わせて予定を組み、顔見知りのレーシングパイロットやクルー達が世界中から家族やガールフレンドを連れて集まって来る。女性パイロットも2人参加していた。パイロット同士もフライトでは真剣勝負を競うが、地上では同じスポーツを愛好する仲間としての結びつきが強いようだ。市川選手も各国のパイロット達と盛んに旧交を温めていた。そして、パイロットやクルーの家族にとっては完全なバケーションで、滑空場内で国ごとにトレーラやテントでのキャンプ村生活を楽しんでいた。各国が交代でホストを務めるパーティも頻繁に開催されていた。

日本チーム

今回の日本チームは市川選手、チームキャプテン兼コーチのフランス人Jacky Clairbaux (Kiki)、総務・情報担当の廣常朱美さん、機体クルーのポーランド人 Miroslaw Hojsler (Mirek)と必要最少人数の精鋭部隊で構成された。 しかし、今回はヨーロッパで開催されたために地理的なハンディキャップがあった。参加 26ヶ国中19ヶ国がヨーロッパからであり、ほとんどの機体はヨーロッパ各国から集まっていた。ヨーロッパのパイロットにとっては普段飛び慣れている機体を持ち込み、気象条件も近いところで戦うという有利さがある。

反対に、日本からの参加は、準備・情報の入手・作戦どれをとっても圧倒的に不利になる。市川選手はマイナスを少しでもカバーするために:

とのチーム体制をとったが、世界のトップと互角に戦うには、チーム構成の点でもまたそれ以外の点でもハンディキャップがあったことは否めない。

選手権の一日

一日の準備
機体クルーのMirekは、普段はポーランドでグライダーの修理と整備の仕事をしている。機体の取り扱いについては、市川選手から全幅の信頼を寄せられており、出発前の準備をチームキャプテンのKikiと二人で済ませていた。朝7:30に滑空場に到着。機体の係留を解きカバーをはずす。それからクリーニングをすませ水バラストを入れる。市川選手のVentus2cxは最大重量600kgで飛ぶため、左右の翼とテールに水バラストを搭載する。Mirekはポリタンクの目盛りで正確に測って水を入れていた。準備の整った機体を自動車で移動し、滑走路に設けられた計量所で毎日重量測定して確認を受ける。その後クラス毎の発航順に従って指定された時間にスターティンググリッドに機体を並べる。116機のグライダーが整然と並んでゆく姿は壮観である。
Ventus 2cxの準備をする機体クルーのMirek
機体の重量測定
ブリーフィング
滑空場の最も大きな格納庫に全クラスのパイロット、クルー合計300人以上が集まって行われた。まず、前日のデイリーチャンピオンの表彰が行われるが、まじめな中にも国ごとに特徴のあるユーモアを交えた一言が続く。その後、当日の気象(サーマル予報を含む)、フライトタスク、各クラスの発航予定時間が発表される。
全体のブリーフィング後にはチームごとにブリーフィングが行われていた。チームのキャプテンや国によっては気象クルーが当日のコースの分析・作戦の打ち合わせなどをしていた。
日本チームのKikiもその日の作戦を考えてパイロットに説明した上で、「少し食べろ、今は食べるな、昼寝しろ、今は寝るな」等々、出発前まで細かくアドバイスしてパイロットの集中力を高めようとしていた。
ブリーフィング(全景)
ブリーフィング(デイリーチャンピオンの表彰)
日本チームのブリーフィング(右から、Kikiキャプテン、市川選手、廣常クルー、Mirek)
発航
発航前にスターティンググリッドに並んだグライダーとパイロットを見て歩くのは楽しかった。離陸前の緊張した時間をそれぞれのパイロットが思い思いに過ごしている。翼の下の日陰で休息する者、家族やガールフレンドと談笑する者、最後までコーチと作戦を練る者、など様々だ。特に、小さな子供と出発前のひと時を過ごしているパイロットが目に付いた。
曳航機は全部で13機のPiper Pawnee。大部分が騒音低減用の4枚ブレードプロペラを装備し、大きなマフラーをつけているものも多かった。滑走路を一杯に使い(セルフローンチ機も含め)116機を1時間あまりで離陸させてしまう。
スタート前のひと時1
スタート前のひと時2
スターティンググリッドに並んだ市川機
4枚ブレードプロペラの曳航飛行機と13人の曳航パイロット達
フライト中
フライト中、地上クルーはそれぞれの基地で支援活動をする。国ごとにテントやトレーラ、地元スウェーデンは建物の中に基地を設営していたが、日本チームはKikiの自動車が基地となった。
フライト中、Kikiはコーチとして、状況を聞き、情報を集めてパイロットにアドバイスする。特に気象条件のトリッキーな日はインターネットから雲の衛星写真をダウンロードして分析していた。フライト中、常にトランシーバに釘付けで、片時も手からタバコを離さない。

曰く:

「周りの様子を伝えろ」
「そろそろスタートしたらどうだ」
「水を飲め」
「ちょっと食べろ」
「気合を入れろ」
「地上にシーラスの影が出て来た」
「フライトの最後はトリッキーになるから今のうちに水を飲め」
「最後まで不時着のことを頭に入れながら飛べ」
などなど、地図を見ながらイメージし、さながらパイロットと一緒に自分が飛んでいるようであった。
日本チーム基地

フィニッシュ/着陸/成績提出

Ekeby滑空場は850m×150mしかないため、116機のグライダーが一斉に着陸してくると忙しい。そのためオーガナイザは「ダイレクト着陸」ではなく「スピードフィニッシュ」するよう要請していた。これは、時速200km以上で滑走路脇を通過し、水バラストを放出しながらプルアップ・上昇、そのままパターンに入って着陸する方式である。直前まで一緒に飛んでいた10機ほどが続けてフィニッシュするのは中々の迫力である。親切にも、観客の上に水を撒いてくれる機体もいた。

着陸すると成績提出であるが、各パイロットが自分のロガーからフライト結果をLAN経由で本部のサーバにアップロードして終わりである。結果は逐次大会ホームページに公開され、プリントアウトも配られた。きわめて合理的なシステムが構築されていた。

スピードフィニッシュ

成績

市川選手は全10日のコンテストデーの内2位が1回、3位が2回と上位につけていた。しかし、Day8にゴール手前10kmで痛恨のアウトランディングがあり、500点近くポイントを落としてしまい、結果的には18mクラス36機中総合成績12位(トップと690点差)であった。返すがえすも惜しまれる。

但しチームカップでは英国についで2位(!)。一人のパイロットで「チーム」とは言いに くが、良い結果を出せたと考えている。なお、全クラスの成績は大会ホームページに掲載されているので参照願いたい。

大会運営

Ekeby滑空場は大会のためにランウェイを広げたとの事であったが、それでも850mx150mのフィールドに4クラスが並ぶスターティンググリッドでは、116機のグライダーが翼が重なり合うほど狭いところに押し込められて並べられていた。

地元の主催者は今年の選手権に向けて、2004年Ekeby Open、2005年Viking Glideと経験を積んで臨んでいた。スウェーデンは総人口700万人に対してグライダー人口が約5,000人。その内ののべ約125人がボランティアとして運営に参加。海外から参加のオフィシャル20人を加え、約145人で運営していたそうだが、それでも人手が足りないとの話であった。

116機のグライダーのパイロット、クルー・家族、オーガナイザを含めると多分1,000人近い人間が滑空場に滞在し、その内の約半数の人たちが滑空場内のキャンプ村で生活していた。

国ごとにキャンピングカーやテントなどで寝泊りしていたため、会場内には仮設のシャワーとトイレが完備され、食堂では3食が提供されていた。ちなみに、筆者は地元グライダークラブの方のお宅で部屋を貸して頂いた。市内の宿泊施設が足りないため、ボランティアを募ったそうである。

キャンプ村
滑空場内の食堂

WGC2006のホームページ(http://www.wgc2006.se/)が1年以上前から立ち上げられ、情報交換の主役となっていた。会場内には有線とワイヤレスのLANが張られ、ブロードバンド環境を提供。フライト結果も各パイロットが自分のロガーからLAN経由で本部のサーバにアップロードすると、結果も逐次にホームページに公開され、プリントアウトがタイムリーに配られた。最終的には各機体のIGCファイルがHP上に公開されており、誰でも航跡をたどることができる。

大会オーガナイザはフライト以外にも様々な準備が大変だったと想像される。

有線LANの引かれたサーバ室

VPos

これまでグライダー競技では、飛び出してしまえば下で見ている人にはどこをどの様に飛んでいるか、フィニッシュするまで判らなかったが、今回、観戦する人にアピールするためのリアルタイムの情報提供が試みられていた。

VPosシステムはフライト中のグライダーにGPS付きの発信機をとりつけ、各機の位置・高度を食堂のスクリーンにリアルタイム(但し、作戦の秘密を守るために公開は15分遅れ)で表示していた。地形写真の上に飛行経路が機体ごとに色を変えて表示され、各機の競争状態が一目でわかり興味深かった。また、この結果は大会ホームページ上でも公開されていた。一般の観戦者に対してグライダー競技をアピールする手段として有効であると思われる。

VPosの観戦

おわりに

今回、世界のトップレベルが競う世界選手権を見る機会を得、如何に高いレベルでギリギリの戦いをしているのか、その一端を見、各国のパイロット、クルーと出会うことができた。今後日本から世界で戦えるグライダーパイロットを輩出するために、トップを高め、このスポーツの裾野を広げ、更にトップと裾野との間にギャップができないようにバックアップする体制を整えてゆきたいと考えている。

以上私的な観戦記である。知識不足・勘違いによる誤りがあれば筆者の責でありご容赦願いたい。


チャレンジWGC (World Gliding Championships)

世界選手権で日の丸を掲げる為の支援・広報活動を行うと共に次世代の養成を支援することを目的として有志で活動をスタートした。今回はWeb経由での情報提供にとどまったが、2年後の次の世界選手権までには更に活動を拡大する予定である。

JSA会員各位もぜひご支援をお願いします。詳しくはホームページをご覧下さい。

http://www.challenge-wgc.com/